2月20日(日)と27日(日)、名古屋国際センターホールで実施した「世界へえ?ほう!講座」において、「世界語ろマイスター(*)」のチ・ウナさん(カナダ)と、アディカリ パロサド ホムさん(ネパール)が両国の子育て・教育について、ゲストを交えて紹介しました。
子育て・教育から見るカナダ 2月20日(日)

カナダでは州によって教育制度が異なります。ウナさんが暮らしていたオンタリオ州では4歳から5歳は幼稚園、6歳から13歳までが小学校、14歳から18歳がセカンダリースクール(中等教育)となっています。幼稚園からセカンダリースクールまで教育は無償です。小学生は保護者が送り迎えをしなければならず、共働きの場合は午前7時半から午後6時まで子どもを学校に預けることができる制度があります。障がいを持つ子どもも希望すれば通常の学校に通うことができ、子どもが通うために必要な設備を整えたり、専
門の先生を呼ぶこともできます。
多文化社会カナダでは公教育の中で、移民に対する取り組みも行われています。ウナさんは16歳で韓国からカナダのトロントに移住しましたが、当初の2週間は移民のための特別な学校に入りました。そこでは、英語や数学などのテストを受け、編入する学年を決定。趣味や好きなことなどを考慮し、入る学校を選択することができます。また、学校では様々な言語を学ぶことが可能です。小学校の夏休みには外国語を学ぶプログラムがあり、セカンダリースクールでは広東語や中国語、日本語、韓国語などの授業が提供され、単
位を取ることも可能です。小学校に入る前の子どもたちもフランス語や中国語など他言語に触れることのできる環境があります。子育てについては、Parental Leaveと呼ばれる育児休暇を母親は最大50週間、父親の場合は最大35週間取ることができます。カナダでは父親の育児休暇の取得率は55%。子どもと一緒に過ごす時間が日本の3倍と言われており、父親も積極的に子育てや家事をします。カナダでは父親の役割は「ルールメーカー」であるとされ、社会のルールも父親が教えます。
ウナさんの話に続いてカナダのトロントに5年間滞在した貝沼理恵さんがカナダでの子育てについて経験談を紹介しました。貝沼さんの長女は5歳で、長男は1歳でカナダに行き、日本に戻ってきたときには日本語があまりできませんでした。日本の学校に通い始めた時、長女は日本の学校生活の習慣や文化が理解できず、戸惑うこともありました。また、長男は太陽を黄色とオレンジ色で描いたところ友達に笑われたそうです。貝沼さんは「いろいろな苦労もあったけれど、カナダで学んだ、人と違っていてもいいということを子
どもたちに教えている」と話しました。
子育て・教育から見るネパール 2月27日(日)

1846年から1950年まで続いたラナ時代(*)、国は教育の充実に無関心で教育は国民に与えるものではないという考え方があり、その影響から大半の国民は教育から除外され、1950年当時、識字率
は2%以下でした。ラナ時代が終わり、1955年以降、近代的な教育が始まりましたが、政治的背景などから教育制度は何度も変更されました。1990年の民主化以降、初等教育の普及などを目ざし、様々な
国際機関・各国政府開発援助のもと教育制度が整えられてきました。現在、ネパールの識字率(15歳以上)は48.6%。男性の識字率は62.7%にまで上がりましたが、女性が34.9%と男女間の格差がある
だけでなく、社会階層、地域、民族間の格差も存在します。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科で学ぶネパール人のサラダ・シべルさんはネパールに暮らす先住民タルー族の子どもの教育に関する研究をしています。独自の文化、独自の言語を持つタルー族では、経済的な問題から学校に通えない子どもや中途退学してしまう子どもが多くいます。若くして結婚する習慣や家事や農業の労働力となることから学校をやめてしまったり、学校に通ってもタルー族の言葉と学校で使うネパール語との違いから、学習内容を理解できず、留年する子どもも少なくありません。教育を受けることができず、貧困のサイクルから抜け出せない状況が続いているとアディカリさんは指摘します。
日本で1歳の子どもを育てているソエタさんは、日本とネパールでの子育てを比較し、日本は便利で安全だと言います。近くに病院があり無料で医療が受けられることから、安心して子育てができます。日本
では、市販の離乳食が販売されていますが、ネパールでは、水を煮沸・フィルターでこし、離乳食を最初から手作りしなければならないそうです。一方、日本での子育てで苦労するのは、何でも一人で考えないと
いけないこと。ネパールなら近所の人が子どもたちに声をかけてくれますが、日本では誰も助けてくれず、数日間、子ども以外の人と会わないということもあるそうです。
日本に暮らすネパール人の中には、子どもを母国に残している人もいます。彼らに日本の教育を受けさせるべきなのか、ネパールの基礎的な教育を受けさせるべきなのか、今後の日本滞在の予定も含めて、親が悩むところだそうです。
*1846年にジャング・バハドゥル・ラナが実権を握り、ラナ家による摂取政治が始まった。1950年までの104年間はネパールの鎖国時代とも言われている。
| 「世界語ろマイスター」とは? 名古屋弁の「語ろまい」と、卓越した技能を持つという「マイスター」をあわせた造語。外国人が日本語で母国事情を紹介するプログラム「NIC地球市民教室」の登録講師の中から選ばれ、1年間、講演のほか、NICの国際理解、交流事業の企画・運営に関わる。 ※ウナさんとアディカリさんの任期は3月で終了しました。4月から活動する語ろマイスターは、ニックニュース6月号で紹介します。 |
















