2024.04.17
名古屋国際センター(以下NIC)の3Fにあるライブラリーの交流スペース。ここには、毎月第三土曜日の午前中、NICの「やさしい日本語」(以下、「やさ日」<やさにち>)のボランティアが集まります。外国人住民にとって有益な情報を「やさしい日本語」で提供することを目的としており、文書を簡単にしたり、ふりがなをつけたりなど、「やさしい日本語」の普及を進める活動です。
NICの「やさ日」ボランティアでは、これまでに「防災マニュアル」「カタカナ単語ノート」「熱中症マニュアル」など、外国人が日本で生活するうえで必要となる情報を「やさ日」に変換し、その制作物をNICのウェブサイトに掲載してきました。
▶「やさしい日本語 ボランティア制作物など」リンクはこちら
https://www.nic-nagoya.or.jp/japanese/publication/yasashii-nihongo-vol/
「やさしい日本語」は、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに拡がった情報提供の方法で、在住外国人のような言語的マイノリティへの言語補償として始まりました。在住外国人に情報を伝える際、#1【「情報」のバリアフリーで、解き放つ「こころ」のバリア】、#2【外国人と地域社会を絵本でつなぐ〜ブックスタート〜】の記事でご紹介したように、情報を通訳・翻訳したり、多言語化したりすることが大変重要です。しかし、通訳者がいない場合や、日常的なコミュニケーションの場においては「やさしい日本語」も大変有効的で、情報伝達が可能だと考えられています。
「やさしい日本語」とは...
▶在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン(出入国在留管理庁)
https://www.moj.go.jp/isa/support/portal/plainjapanese_guideline.html
普段は市内の学校で教員として国語を指導している佐光美穂さんは、新聞記事で「やさしい日本語」について知り、ちょうどNICで立ち上がった「やさ日」ボランティアに興味を持ちました。「日本語教育の資格を活かして、自分にも何か関われることがあるのでは。」そんな思いで、NICでボランティアを開始しました。
「やさ日」ボランティアの活動は、①新しい情報を「やさ日」にする「新規作成物」チーム、これまでに「やさ日」で制作したパンフレットやマニュアルなどを動画で紹介する「SNS広報」チーム、既存のマニュアル等の情報を更新していく「見直し」チームの3つに分かれて進めます。
「新規作成物」のテーマは、NICの情報提供窓口に寄せられる外国人市民からの相談内容や問い合わせなどを参考にして考案します。例えば、名古屋市からの駐輪場に関するお知らせや、自転車の通行ルールなど行政発信の情報も、日本人であれば当然のルールだったとしても、出身国が違えばルールも異なるはず。外国人住民にわかりやすく説明することが重要です。また、NICの外国人市民向けイベントの際、ボランティアは「やさ日クイズ」を出題していましたが、その後の話し合いの中で「クイズよりもカルタにしたら、日本語が得意な人も、そうでない人も楽しめるのでは」という発想が生まれ、「防災カルタ」を制作することになったそうです。
「やさ日」の制作物は、NIC3Fのパンフレットコーナーに常時配架されています。また、外国人が集まるイベント実施の際にも配布されますが、受け手の反応がいまいち捉えにくいという一面もあります。「この情報は、本当に外国ルーツの人達の役に立っているのだろうか。」制作物が完成すればある程度の達成感はありますが、モヤモヤした気持ちを抱えることもあります。
そうした思いから、「やさ日」の情報を外国人市民に届けようと、実際にイベント会場を訪れ、制作物を配布した佐光さん。しかし、なかなか思うように受け取ってはもらえませんでした。「文字がいっぱい書いてあるので、嫌になってしまうようで。」そこで、こんなアイデアが浮かびました。--伝えたい情報を音声と動画にすれば、文字では伝えられない人にも情報を届けることができるのでは--。
また、新しい発見もありました。パンフレットをもっと欲しいという方も会場にいたのです。それは、なんと日本人の高齢者でした。「そっちの需要があるのか!」と驚いたそうです。
佐光さんは現在、「SNS広報」チームに携わっています。動画発信の第一作目は、「やさ日」のウェブサイトの紹介や、制作物の案内動画を投稿することになりました。「10年前には、まさか自分が動画を制作することになるとは想像していませんでした(笑)。」と佐光さん。
「やさ日」の活動に関わったことで得られた相乗効果もあったそうです。学校で指導する際、どこが"情報のかたまり"かを視覚的に示せないかと考えるようになりました。「やさ日」は今後、外国人とのコミュニケーションだけでなく、小さな子ども、高齢者の方、文字の言葉に苦手意識のある方などとのコミュニケーションにも役立てられるのではないかと佐光さんは考えます。「やさしい日本語」を使うことは、「情報のユニバーサルデザイン化」と言えるのかもしれません。
「情報」のバリアフリーが実現される社会とは、どんな社会でしょうか。「大それたことは言えないですが、自分が思っていることを自由に話せたり、それを聞き入れたりできる関係が、いろんな方、世代を越えてできていくといいなと思います。」佐光さんの「やさしい日本語」の活動は、これからも続きます。
言葉が思うように伝わらなかったり、正しく情報を入手できないことで、誰もが知っている情報を自分だけ知ることができない状態が続けば、生活を不便に感じたり、息苦しさを感じてしまうのは当然のことです。社会に対し、「自分を受け入れてくれない」と否定的に捉えてしまい、「こころの壁」が厚くなっていくこともあるかもしれません。
環境的な「バリア(障壁)」を一つ一つ丁寧に取り除いていくことが、「こころ」のバリアフリーにつながります。社会全体で取り組む必要があることもあれば、個人的な意識の変化でできることもあります。多文化共生のやさしい社会の実現に向け、「情報のバリアフリー」について考えてみませんか。